ナースあさみの保健室

ナースあさみの頭の中を書いています。心の中はこちらhttps://note.mu/asami300765/m/m0340e4f11c69

いつでもいなくなっていいように

どうもー( ´ ▽ ` )ノ

 

朝涼しくて長袖で家を出たら

今頃後悔しています・・・あちぃ。

 

 

△△

 

本当に突然で恐縮なんですが

先日、友人が祖母を亡くして

憔悴しきっていました。

 

ある程度予期していたとは言え

友人がおばあちゃんのいない日常に馴染むのには

相当時間がかかりそうです。

 

この姿を見て

不謹慎かもしれないけど

あ、そっか。

一般の人ってこういう反応が普通なんだなって

思い出しました。

 

 

だって、医療現場にいると

人が亡くなること日常のこと。

 

医療は魔法じゃありません。

助かる人がいれば

そうじゃない人もももちろんいるんです。

 

あ、そろそろ天国近いなって患者さんには

残業がのびようと

腰がバキバキになろうと

めいっぱいケアしていました。

 

そうしないと

あぁ、あの時もっとケアしていればよかったって

後悔することを知っているから。

 

いよいよって時には

手を握ったり

声をかけたり

身体をさすったりして

体温のおすそ分けをしていました。

そうすることで

少しでも長く生きられるかもしれないから。

 

そんなことないって頭ではわかっていても

心が納得してくれないんです。

 

それに

たとえ意識がなくても

身寄りがいなくても

犯罪歴があろうと

さすがに

一人じゃ死なせない。

 

生まれた時が無垢だったように

死ぬときも汚れがないような

生きてきた時の悪事?が相殺されるような感覚が

私にはあります。

 

あと、大好きな患者さんには

「明日、また私が来るまで生きてて!」

と、挨拶・・・いや神頼みして帰ってました。

医療職でも最後は神頼みです。

そういうもんです(・∀・)

 

次の日に仕事に行って

患者さんのベッドの名前がないと

あ・・・と少しだけ寂しい気持ちになります。

 

 

きっと人によると思うけれど

私は亡くなった人のカルテは

全てチェックしていました。

 

亡くなっていく過程を

医療職もそばにいる人も

ちゃんと共有できていたかなって

この人が生きた証のかけらを

少しでも受け取れているかなって

気になってしまって。

 

 

 

 

こうやって医療職は

日々の経験の中で

【お別れ準備】のスキルを

身につけている気がします。

 

 

今、隣のいることが奇跡なんだ

明日、いや数時間後にはこの世のいないかもしれないんだ

だから、今私はそばにいるんだ

そういう練習を仕事でさせてもらっていたんだなと思います。

 

 

今隣にいる人

職場でなんとなく会っている人

いつもすれ違うあの人

 

もしかしたら

明日には会えなくなるかもしれません。

 

いつ、いなくなってしまうかもわからないから

今日を大事に

今を大事に

できることは全部やって

楽しむことは思いっきり楽しんで

過ごしていきましょうヽ(*´∀`)ノ

 

 

久々のまじめ記事(・∀・)

 

ではー(o・・o)/