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ナースあさみの毎日

ナースあさみの表の顔を書いています。裏はこちらhttps://note.mu/asami300765/m/m0340e4f11c69

カフェオレボウルを見てたら大きさと深さを考えたよ

どうもー( ´ ▽ ` )ノ

 

大変重要なことなのであえて書きますが
明日はあさみの誕生日です(・∀・)いぇーい

誕生日前後半年いつでも
プレゼント受付中となっております。

ちなみに
Amazonの欲しいものリストはこちらです。

 

なーんて(´∀`)

△△

 

突然ですが
先日とあるカフェでカフェオレボウルをみかけたんです。
日本じゃ珍しい気がして。

あ。カフェオレボウルっていうのは
文字通りカフェオレを飲むためのコップのようなものなんですが

 

とてもデカイ!!

 

もはやどんぶりです、あれは。

それにカフェオレを注ぎ
取っ手がついていないので
両手を添えて持ち上げて
ぐびぐび飲むんです。

600円とかする時もあるけど
もはやどんぶり食べたと思えば安いもの・・・

 

 

いやいや
こんな話をしたいんじゃない笑!!

 

 

カフェオレボウルって大きくて深さがあるよね。
これって人間にも同じことが言えるんじゃね?
って話をしたいんです。

 

どこかのきっとエライ人が

「人間には器がある」

と言ってますが
あさみ的には以下の文もぜひ付け加えて頂きたかった。


その器の大きさや深さに合わないことをすると
良くないことが起こるよΨ(`∀´)Ψ

って。

 

小さい器に大盛りご飯をよそってもおかしいし
大きな器にちょこんとご飯をよそってもおかしい。

その器にあった中身がちょうどいいよね、と思う。

カフェオレボウルで飲むカフェオレは
溢れるくらいなみなみに注がれれいるのがちょうどいいように。

 

かといって

みんなが自分の器を大きくすればいいと思っている訳でもありません。

その人の器のサイズを決める要素があります。

 

 

それは

 

 

能力 と 人間力 

です。

 

能力は努力で大きく深く広げることが出来るけれど
人格は努力で得られるのでしょうか?

むしろ、努力では養えない部分が人間力なんじゃないかと
あさみは思うわけです。

 

時はあさみ看護師時代。


ある会社の社長さんで
家族も子どももいて
お金には何の不安もない人が
「いつになったらあの人死ぬんですか?早く逝ってもらいたいんですけど」
って家族から言われてたりとか

どこにでもいる80代のおばあちゃんが
いよいよ危ないっていう時に
札幌や九州から知人(この人たちも後期高齢者)がどんどん訪ねてきて
個室に行列ができてたりとか

 

いろいろな矛盾を目の当たりにしたんです。

 

あれれ?

確かに、宝くじで億万長者になった人は
器に合わないことをするから
人生不幸になるってきいたことあるけど

ボウルが小さくても幸せな人もいれば
ボウルが大きいのに幸せじゃない人もいる

なんで(?_?)???って。

 

実は、上の社長さん。
病気になる前もなってからも家族そっちのけで
愛人一筋だったそうですww
意識がなくなる前も家族の前で愛人にメールしてましたから。
お金や生活で家族を困らせていなくても
肝心の愛情の矛先がぶれてしまったから
人間力の要が崩れてしまったんでしょう。
アーメン。

 

一方、ここで出てきたおばあちゃん。
昔は民生委員をしていたそうで
それはそれはいろんな人の世話をやいてきたそうです。
一緒に警察に行ったこともあるって言ってました(´ω`)

そういうものが信頼貯金となって
このおばあちゃんの人間力の一部になっているんでしょうな。

 

こうやってみていくと

能力と人間力が天秤のように釣り合っている人って
あんまりいないなーと気付きました。

残念ながらどちらもないか
どちらかだけ秀でている人が多いです。

 

でもこれってとてもバランスが悪い。

 

またカフェオレボウルに戻って欲しいのですが
深さが欲しいと思って花瓶のような器で飲むのもおかしいし
広さが欲しいと思って大皿で飲むのもおかしい。

やっぱりカフェオレを飲むならカフェオレボウルだよね
って思います。
カフェオレにはあの大きさと深さがちょうどいいんです。

 

つまり、器に望ましいかたちがあるとしたら
大きさ(能力)と深さ(人間力)が比例していくのが
いいんじゃないかな?と思います。

 

きっとおちょこサイズの人もいれば
洗面器サイズの人もいるんだろうな。

 

 

自分の身の丈に合った幸せを手に入れるのが一番平和
って思ったのでした(*´∀`*)ちゃんちゃん

 

ではー