ナースあさみの毎日

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柳田国男さんが研究のための論文は落とすって言ってたよ

どうもー( ´ ▽ ` )ノ

 

先日、死の臨床研究会という超絶マニアック学会に参加した時に
柳田国男さんがそう言ってましたww

 

医療関係者、特に医局(診療科別のグループ的な)に
所属している医師あるあるだとは思うのですが
いつも研究に追われているんです、彼ら。

 

腐るほど学会があって
そこに提出する(したい)研究を
ずーーーーーーーっとやってます。

診療→手術→病棟→外来→処置→病棟→研究→手術・・・
という無限ループの中で生きている彼ら。
いつ家に帰っているのかずっと謎でしたね(・ω・`)

 

医師の中での研究というのは
組織の中で認められたり
組織の上を目指す人にとってはいいツール。

だから、国や機関から補助金が出ると
ウホウホなんです。

大きな学会だと
ポスター発表ではなくプレゼンで!
なんて言われたら
看護師に自慢したくなるレベル。

前の職場では

「いや、次の学会はプレゼンでね・・・」
ってドヤ顔で話しかけてきた医師が多々いましたね。

 

だから、今回柳田さんが
研究のための論文は落とすよって聞いて
すごく安心しました。

だって、本来の研究は
医師たちのキャリアのためでも
補助金をもらうツールでもなくて

みんなのために役立つこと
みんなが面白いと思うこと 

なはず。

 

これを発表したらみんなが喜ぶんじゃないかな?
という動機が先行するものだと思うんですよね(・ω・`)

論文を選ぶ側の人がそう考えていてくれてよかった。

 

 

これと同じように
目的と手段が混合しているパターンはたくさん身近にあります。

 

例えば、生活と仕事。

生活を豊かにしたいために
仕事をしているのに
いつの間にか仕事中心の毎日で
生活がおざなりに・・・

なんていうのは
ほとんどのサラリーマン・OLさんが体験しているんじゃないかな?

 

あとは、直近だとノーベル賞なんかもそう。

誰もノーベル賞取るために研究したり開発したりしていなくて
動機のもとで行動し続けた結果
その評価の一部としてノーベル賞が授与されるだけ。ね?

 

今、やっていることや
やりたいことが
目的なのか
手段なのかを
ふと立ち止まって仕分けしてみるのもありだな
と思ったのでした(*´∀`*)

 

 

ではー(o・・o)/