ナースあさみの保健室

ナースあさみの頭の中を書いています。心の中はこちらhttps://note.mu/asami300765/m/m0340e4f11c69

緩和ケアのプロが最期に伝えたかった、たった1つのこと

 前にTwitterに載せたこれ。

 

私の中でも少し整理がついてきたので
ブログに残しておきたいと思います。

 

そもそも緩和ケアとはなんぞや?
を話しているとブログが終わらないので割愛。
知りたい人はこちら。

緩和ケアについて理解する|がんになったら手にとるガイド [国立がん研究センター がん情報サービス]

 

 

 

発端は先輩の話。


大学病院時代の先輩で今でも月1に会っている先輩がいます。
彼女はとても優秀で
緩和ケア認定看護師、というナースの中でも更に専門性を高めたナースなんです。

これがいかにすごいかを語るのも割愛ww
リンクだけ貼っていくおくので気になる方はどうぞ。

https://www.nurse.or.jp/nursing/education/nintei/gakka08.html

 

その彼女の同期、同じく緩和ケア認定看護師の資格を持っている方が
今年の4月、37歳で亡くなったそうなんです。
小林麻央さんと同じく乳がんで。

 

先輩のグリーフケアをやっているような雰囲気の中で
この件について、先輩や同期と1時間くらい話し合いました。

要点は以下。

 

・積極的治療(手術や抗がん剤)から緩和ケア(症状緩和)へ移行すると決めた時
 彼女はどんな気持ちだったんだろう。


・緩和ケアを提供する側から受ける側へシフトすることの辛さ

 

・緩和ケアのプロだからこそ予測できたことへの心理的葛藤

 

それぞれ文章にすると自分でも読むのが嫌になるボリュームになるので
ここも割愛。割愛し過ぎブログ(*´∀`*)

 

それから最後に。
彼女が仲のいい同期に伝えたことがあったそうで

 

 

それが

 

 

 

私を忘れないで

 

 

 

だったそうなんです。

 

 


これを聞いた時に私は真っ先に小林麻央さんを思い浮かべました。

 

これは私の想像ですが
麻央さんが最後のブログを始まるとき
一番に願ったことはこれだったんじゃないか、と思うんです。


ブログをスタートさせた時、既に積極的治療は難しい状態だったと思います。
緩和ケアにシフトし、出来るだけ苦しくなく穏やかに日々を過ごしていく。

いつかくる死が、もうすぐそばまで迫ってきている恐怖。
できなくなることが増え、生きる意味を問う毎日。

そんな中。

一般人よりかは映像や音声、取材の文章など残る媒体は多いと思うのですが

それでも

生きてきた証を残したい
忘れられたくない

この思いでブログをスタートさせたんじゃないかと思うんです。

 

ブログには当時の闘病や写真が載せてあり
亡くなった時にはもの凄いPVを記録したはずです。

彼女の本意かはわかりませんが
乳がんにより34歳の若さで亡くなった小林麻央、は
日本人全員の頭にインプットされたはず。

 

きっと、乳がんの話題になる度に小林麻央という名前が出てきて
人々の記憶の中にしっかりと根を下ろすでしょう。

 

 

 

ここから、話のベクトルを少し変えますね。

 

緩和ケア認定看護師の彼女も小林麻央さんも
若くしてがんで亡くなるなんて可哀想と感じる方が多いと思うのですが
私はそう思いません。

むしろ、死に方としてのがんはそこそこイケてるんじゃないか、と思うのです。

 

 

鈴木おさむさんもかわいそうじゃないとおっしゃてますが私もそう思います。

 

がん、って痛くて苦しくて辛いというイメージがあって
確かにその通りの部分もあるのですが

 

一方で


死ぬまでに時間的猶予のある病気

 

でもあるんです。

 

事故や災害だと考えるまもなく一瞬。
他の病気も数日~数週間で天国へ行ってしまいますが
がんは年単位で闘病していく病気です。

だから時間的猶予があります。
これはがんのメリット、とも呼べるんじゃないでしょうか。

 

先ほど話していた緩和ケア認定看護師の彼女も
文字通り、死ぬまでにやりたいことリストを作って
どんどんやりたいこと、夢を叶えていったそうです。

そのリストに中には

石垣靖子先生(緩和ケアの分野でいう神)に抱きしめてもらう
というのがあって
それを聞いた時点で私も同期も目頭が熱くなってしまいました。

彼女はナースとして抱きしめてもらいたかったのか。
いや、患者として?
いやいや、一人の人間として・・・?

 

実際に彼女は、この夢を叶えたそうです。

 

こうやって夢を叶えていけたのも死という期限があったから

だから夢をかなえ続けられたんだと思います。

 

 

ブログが長くなってきたのでそろそろ終盤へ向かいますね。
あとちょっと!

 

亡くなった彼女の最期の願い=私を忘れないで。
その夢を叶えるためにも

自分がこの件について考えるためにも

こうやってブログに書き残してみました。

 

 

今はネットやSNSですぐに情報をシェア出来ます。
と、いうことは
その人が生きてきたプロセスや体験=その人の物語をシェアすることも可能ですよね?

 

先ほど出て来た石垣靖子先生。
彼女の講演の中では、必ず

 

物語られるいのち

という言葉を話します。

私たち一人ひとりが歴史であり、後世へ語られるべき存在である、と。

 

昔は野口英世やヘレンケラーみたいに、歴史的に大々的なことをしないと後世まで語り継がれませんでしたが、今は違います。

 

 

一人ひとりがスマホを持つことによって
ライターになり
カメラマンになり
音響さんになり
照明さんになり
そしてSNSやネットで発信、拡散することで

みんなが物語られるいのちになれるんです。

 

 

これってすごくないですか?

 

 

 

今を未来から振り返ると

忘れられないための努力を重ねているように見えるのかもしれません( ´ ω ` )

 

 

 

まとめ

 

忘れないために

忘れられないために

今出来ることを、やる。

それだけ( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

ではまた。